「薬用育毛剤」は「薬剤」か「化粧品」か?

商標登録における指定商品・指定役務をどのように解釈するかは、商標出願時だけでなく、商標権の更新要否判断、不使用取消審判における使用証拠提出の各場面において、検討すべき重要な問題です。

今回は、過去の不使用取消審判※の審決(取消2018-300210)を取り上げ、実務上の留意点を整理してみたいと思います。

※「不使用取消審判」とは、登録した商標が3年以上使用されていないことを根拠に商標を取り消す制度で、商標権者に対して誰でも請求できます。

事案の概要

本件は、2018年に、株式会社ハーバー研究所が保有していた以下の商標「リグロウ」に対し、ロート製薬株式会社が不使用取消審判を請求したものです。

  • 商  標:リグロウ(標準文字)
  • 指定商品:第5類「薬剤,医療用試験紙,サプリメント,食餌療法用飲料,食餌療法用食品」
  • 登録番号:第5755260号
  • 登 録 日:2015年4月3日
  • 権 利 者:株式会社ハーバー研究所

商標権者のハーバー研究所は、医薬部外品の「薬用育毛剤」(以下「使用商品」)の商品名に「リグロウ(REGROW)」を使用しており、これが不使用取消審判の対象である第5類の「薬剤」に該当し、商標の使用事実があると主張しました。

一方、審判請求人であるロート製薬は、使用商品は第3類「化粧品」の範疇に属するものであり、第5類「薬剤」には該当しないと主張しました。

特許庁の判断(審決)

特許庁は、使用商品は「医薬部外品」に含まれる「薬用育毛剤」であると認定した上で、本件商標の出願時に適用される国際分類第10版の区分解説に以下の記載があることを指摘しました。

  • 第5類「薬剤」について、「・・・『医薬部外品』であっても、その使用目的において身体を清潔にし、美化し、魅力を増す等の用途に使用されるもの、例えば、『薬用化粧品』は、この商品に含まれず、第3類『化粧品』に含まれます。」
  • 第5類の「薬剤」中の「外皮用薬剤」について、「『毛髪用剤』は、医薬品として取引されるものだけで、頭髪用化粧品としてのヘアトニック等は含まれません。」
  • 第3類の「化粧品」について、「・・・『医薬部外品』のうち『人体に対する作用が緩和なものであって、身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え又は皮膚若しくは毛髪をすこやかに保つことを目的として、身体に塗擦、散布等の方法で使用するもの』が含まれる。」

これらを踏まえ、特許庁は、使用商品が、発毛の効果が期待できる商品であるといえるとしても疾病の治療を目的とする商品とまではいえないことや、使用商品がシャンプー、石けん、ローションととも販売される「男の美学」という「男性用化粧品シリーズ」の一つであることに言及し、使用商品は、第5類の「薬剤」ではなく、第3類の「化粧品」の概念に属する商品であると判断しました。

その結果、商標が指定商品に使用されていないと結論付け、対象商標は取消(権利消滅)となりました。

背景事情の推察

ロート製薬は2018年11月より、医薬品の発毛剤「REGRO(リグロ)」の販売を開始しています。

ロート製薬「REGRO」のウェブサイト

一方で、ロート製薬は、2014年時点ですでに、①リグロと②REGROの2件の商標権を取得しています。

  • 商  標:①リグロ、 ②REGRO
  • 指定商品:第3類「化粧品」など
         第5類「薬剤(農薬に当たるものを除く。)」など
         第32類「清涼飲料」など
  • 登録番号:①第5711405号、 ②第5711406号
  • 登 録 日:2014年10月17日
  • 権 利 者:ロート製薬株式会社

取消審判の対象となったハーバー研究所の商標「リグロウ」(第5755260号)は、このロート製薬の商標登録の2ヶ月後に出願し、登録を受けています。

そうすると、ロート製薬が前もって取得した商標「リグロ(REGRO)」を使って発毛剤のブランドを展開しようとしていたとしたら、後から出てきたハーバー研究所の「リグロウ」の存在によって、ブランドの認知度獲得に支障が出る可能性があったのです。

そのため、ハーバー研究所の商標登録を取消すことで、使用の根拠を失わせようとした可能性があります。

しかも、ロート製薬は不使用取消審判の数ヶ月前に、商標「リグロウ」を出願する徹底ぶりです。

結果、上記のとおり商標の取消しに成功し、ハーバー研究所は商標「リグロウ」を使用する法的根拠を失いました。

ハーバー研究所は現時点で「リグロウ」を終売しており、ロート製薬の作戦が勝ったといえるでしょう。

今日の基準でも同じ結論か

上述のとおり、この事件では、指定商品の解釈の基準は出願時に適用される第10版であると判断されていますが、今日の基準(国際分類第12版)でもハーバー研究所の商品は「化粧品」の概念に属する商品であると判断されたと考えます。

まず、「医薬部外品」は、第3類と、第5類のどちらにも当てはまる可能性があります。

すなわち、商品及び役務の区分解説〔国際分類第12-2024版対応〕では、第3類の「化粧品」について、

”「医薬部外品」のうち、人体に対する作用が緩和なものであって、人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つことを目的として、身体に塗擦、散布等の方法で使用するものが該当” すると解説されています。

一方で、第5類の解説では、

”「医薬部外品」であっても、その使用目的において身体を清潔にし、美化し、魅力を増す等の用途に使用されるもの、例えば、「医療用化粧品」は、この商品と類似する商品として本類に属します。” と記載されており、医療用化粧品は、薬剤ではないけど、化粧品ではなく薬剤に類似する商品であると言及しています。

その違いは、「人体に対する作用が緩和なもの」かどうかです

「人体に対する作用が緩和なもの」かどうかで、第3類か、第5類かに分類されるわけです。

そして、ハーバー研究所は、育毛剤を化粧品シリーズの一つとして販売しており、その作用は緩和なものであったと考えられるため、化粧品の範疇の商品に該当すると思われます。

指定商品・指定役務の範囲を適切に指定する重要性

ハーバー研究所が商標権を失い、商標使用の根拠を失うことになったのは、出願時に適切な指定商品を選定していなかったためです。

まとめとして、この事件の審決を踏まえると、商標出願実務における指定商品・指定役務の選定は以下の点に留意する必要があるといえます。

  • 出願時の国際分類を確認すること:漫然と過去の出願を踏襲するのではなく、出願時点で適用される国際分類とその区分解説を確認し、自社の商品・サービスがどの区分に属するかを正確に把握することが重要です。
  • 商品・サービスの実態に即した指定を行うこと:医薬部外品や化粧品など、分類が曖昧になりそうな商品やサービスについては、使用目的や販売実態を踏まえた指定商品・指定役務の選定が求められます。
  • 将来的なブランド展開を見据えた指定商品・指定役務の選定:市場での混同のリスクや競合他社の動向を踏まえ、防衛的に広めの指定商品・指定役務を選定するなど、出願時の商品・役務の設計が将来的なブランド保護に繋がります。

結果論でしかありませんが、ハーバー研究所は、少なくとも第3類と第5類のどちらも商標出願しておくべきだったと言えます。

このように、商標の指定商品・指定役務の範囲の解釈は、単なる分類の問題にとどまらず、権利維持やブランドの存続に直結する重要な要素となりえます。

過去の審決を参考にしながら、より実務的な視点で商標出願を行うことが、企業の知的財産戦略において不可欠といえるでしょう。

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